ほんきのよりみち

ほんきのようでほんきでない

ライバルだった同期のはなし

ちょっと前まで私にはライバルの同期がいた。同期といっても彼は新卒入社、私は転職組で入社年度は異なるのだが、社会人を始めた年度が同じという意味で「同期」である。

 

彼は人当たりもよく快活で、見た目もさわやか。冗談もよく言うし、仕事はそこそこではあったがよく先輩にかわいがってもらっていた。彼がいた部に私が異動してきたときも、フレンドリーな彼はよそよそしくする私に「俺ら”同期”やん!敬語使わんでええからな!」とか、何かと歩み寄ってくれた。本当にいいやつなのだが、キラキラした彼をなんとなく好きになれず、かつ同い年ということもあり私は彼を勝手にライバル視していた。部長も何かと私たちをライバルのように扱ったりするものだから、私は勝手に彼へのライバル心に拍車をかけたりもした。互いのデスクが背中合わせだったので、彼の仕事ぶりもさりげなくリサーチしていた。

彼は残業がめちゃくちゃ多かった。なぜこんなに遅くまで残業しているのだろうと観察してみると、第一に私語が多い。そして困っている人の相談に真剣にのったり、エクセルがわからなくなった嘱託のおばちゃんに丁寧に教えてあげたりしているのである。他の部のおばちゃんもパワーポイントの使い方を聞きにきたりしている。

 

「ある程度のところまで教えてあげれば、いいんじゃないの」「君が優しいからみんな甘えてくるから悪循環じゃない」

2人で残業していた時にそんなことを言ってみたことがあった。おせっかいだとおもいつつも。

「そやなぁ」

彼は椅子をこちらにクルリと向けた。

「でも、人に頼ってもらえて俺、うれしいねん」

そして、こんな話をはじめた。

 

彼は有名私立大学に入学し、大学時代はサークルの代表も務め、ゼミやインターンシップでもそこそこの成果を出してきた。”周囲からの評価もなかなかだった”ものだから、入社当時「正直天狗になっていた」のだそうだ。

入社後、彼はいわゆる「現場」と呼ばれる、顧客と直接接する部署に出向という形で配属された。しかし、なかなか仕事に身が入らない。なぜなら顧客と接するのはグループ会社社員であるべきで、本社総合職の自分は本来こんな仕事ではなく、もっとすごい仕事がしたい、とかなんとか、とにかく大企業の新人がよく陥る考えを彼も同様に持っていた。よって、なかなか仕事を覚えようとしない。覚えられないから自ら進んで仕事をしない。失敗してもミスを隠し、そのせいで未だに顧客と係争中の裁判もあるのだそうだった。

「ほんまありえへんやろ、ろくに仕事もせぇへんくせに他人と自分を勝手に比べて優越感にひたってな…しょうもない新入社員やった」

今の彼からは想像もできない話に驚く私を横目に、彼は苦笑いしながら続けた。

「だから、ここでちょっと名誉挽回せないかんと思ってさ」

入社して半年ほどたった頃、社内のイベントを催すことになった。本社の工場に、出向先の社員を集めて見学に行くというものだった。学生時代に同様の経験をサークルなりでしてきた彼は自らリーダーとして手を挙げ、見学者を募った。そして見学当日、工場に来たのは彼1人だけだった。普段の仕事ぶりから同期や先輩たちも彼に愛想をつかしたのだろうか。同期からは「お前、マジで人望なさすぎ」と笑われたという。大学時代まで周囲からちやほやされ、なんでもできると思っていた彼にとってかなりのショックな出来事だったのは想像に難くない。

さらに。

「俺には4つ上に兄貴がおるんやけど、浪人もしたしそこそこの大学出身やし、小さな銀行に入社して、とにかく俺から見たら地味やわ~って、正直見下しとった」

そのお兄さんとたまたま飲む機会があって、そこにはお兄さんの会社の同僚も同席していた。

「そんでな、兄貴がトイレ行くって席外した時に、いきなり会社の人が『お兄さん、本当に、皆から慕われてるんです。正直、なんでも器用にこなすタイプではないけれど、彼の勤勉さと仕事への熱意に私たちはいつもはっとさせられるんです』とか言うねん、ほんといきなり。身内としては嬉しかった、嬉しかったけど、今まで見下してた兄貴を、周りの人は認めてて信頼してて、慕ってる。なのに、なんで俺はこんな人望ないんやって、帰りながら自分がみじめになって泣いてしまった。」

 

 今度は私が泣きそうになった。だから、と彼は続ける。

 

「そっから俺、心入れ替えてちゃんとしようってようやく思ってん。人と比べて、人を見下して、調子にのって…それが何になんねんって。

その次の日から、朝イチに会社行って、誰もやりたがらない仕事率先してやって、誰かの為になろうってとにかく頑張った。そしたら皆んなだんだん俺のこと認めてくれるようになった気がする。まぁ、全然まだまだ俺なんて未熟やしあれなんやけど…とにかく、この社会で誰かに必要とされることが、どんなに大切でありがたいことか、ようやくその時分かったというか。だからどんなに小さなことでも、自分に頼ってくれたことに感謝せなあかんと思ってる…。なんてな!はは!」

と最後はちゃかして彼はまたイスをクルリと元に戻し、PCのキーボードをたたき始めた。

 

 

いい話聞かしてくれてありがとう、と私も再びPCに向きあったが、ついにその日の作業は全く終わらなかった。みんなから好かれている彼が過去人望がなかったことも、お兄さんを見下していたことも、驚くことばかりで頭の整理がつかなかったのだ。私はこういった過去の挫折や失敗を、正直に同期に話せるだろうか。

 

今日も彼は、忙しそうである。9時半に出社したくせに10時に早弁したり、缶コーヒーを飲みまくって缶のタワーを作り上司から突っ込まれたりと、仕事以外でも何かと騒がしい。しかし彼の”八方美人”を見るたびに、私もがんばろうと思うのであった。かつてライバル視していたころもあったが、今となっては彼はライバルではなく、ちょっと尊敬する同期なのである。

 

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